患者さんの多いエリア情報 : 大蔵

大蔵 (おおくら)は東京都世田谷区砧地域にある町名 (住居表示)。1丁目から6丁目までがある。

 

世田谷通り南側、砧公園の北側、西側にあり、同通り周辺には商店が見られる。また、砧公園に隣接して世田谷総合運動場や、国立成育医療研究センターなどの大規模な施設も見られる。

 

地理
大蔵は世田谷区南西部に位置する。1-4丁目まではおおむね世田谷通り沿いに東西に伸び、5丁目と6丁目は南北に伸びている。

1丁目は砧公園、世田谷通り (旧道)、環八通りに挟まれた地域で、主に住宅地。2丁目には国立成育医療研究センターが面積で大きな比重を占めている。3丁目は仙川と国立成育医療研究センターに挟まれた地域で、ほぼ全域が住宅公社大蔵住宅となっている。4丁目は世田谷総合運動公園とウェルサンピア東京がほとんどの面積を占めており、居住人口も144人と少ない。5丁目と6丁目は野川と仙川に挟まれた住宅地で、東名高速道路の北側が5丁目、南側が6丁目となっている。


歴史
江戸名所図会は延暦期に武蔵国守兼大蔵卿の石川豊人が居住していたことを由来とする。1240年(仁治元年)安達景盛の次男兼周が石井郷を拝領して石井氏を名乗り、現在に至るまで旧家として残る。永享の乱で鎌倉を逃げ延びた二階堂盛秀の子秀高(清仙上人)が1490年(延徳2年)、鎌倉大蔵ヶ谷にあった永安寺を同じ地名のここ大蔵に再建した。16世紀には吉良頼康の所領で、1557年(弘治3年)大平氏に給付された。1633年(寛永10年)彦根藩領となる。江戸時代後期には国学者石井至穀を輩出した。

1889年(明治22年)砧村の大字となる。1936年(昭和11年)世田谷区が成立した際、大蔵町となる。1971年(昭和46年)住居表示が実施され、現在に至る。

当地にまつわる作物に大蔵大根がある。江戸時代豊多摩郡で源内という農家が栽培していたという源内つまり大根を1953年(昭和28年)石井泰次郎が品種改良したもので、間もなく区内各地で栽培されるようになった。1974年(昭和49年)頃青首大根に取って代わられ、一旦は姿を消したが、1997年(平成9年)復興された。

 

鉄道
大蔵には駅はないが、地区東部が小田急小田原線祖師ヶ谷大蔵駅が、西部は成城学園前駅が最寄り駅となる。

 

道路
東名高速道路
東京都道311号環状八号線
東京都道・神奈川県道3号世田谷町田線 (世田谷通り)
東京都道428号高円寺砧浄水場線 (荒玉道路)
東京都道11号大田調布線(多摩堤通り)
主な施設 [編集]
東京都中央卸売市場世田谷市場
東京都世田谷清掃工場
国立成育医療研究センター
目黒星美学園中学校・高等学校
ウェルサンピア東京
妙法寺
世田谷総合運動場 (大倉運動公園)
住宅公社大蔵住宅

wekipediaより引用。一部改変